私が大学で学んだことですが、『無教養』というのは『恥ずかしい』のではなくて『損をする』ということです。
『無教養』というのは『恥ずかしい』のではなくて『損をする』という投稿が反響を呼んでいます。
私が大学で学んだことですが、『無教養』というのは『恥ずかしい』のではなくて『損をする』ということです。
命を救ったり、財産を守ったり、楽しみを知ったりできないということです。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 21, 2021
私が昔家庭教師をした高校生は、大好きな漫画やアニメの専門学校に通いたがっていた。
私は、選択肢を狭めず総合大学を目指したほうがいいとアドバイスをした。
お母さんは通信教育で大卒資格を取ろうとしていた。母親の課題を私が添削することもあった。
息子は結局、アニメの専門学校に進学した。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 21, 2021
誤解のないように書いておくと、誰がどんな状況でも総合大学を目指すべきなどと考えているわけではありません。この時はやりたいことへの本人の取り組みややる気、基礎学力などを考慮してアドバイスしました。もちろん、美大や専門学校でも必要に応じて教養科目を充実させている学校は多いですよ。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 21, 2021
とはいえこれは一度大学を出て社会で揉まれた経験があってこそ気がつけるという部分も大きく、右も左もわからず将来への不安に押しつぶされそうになっている学生時代に意識するというのは難しいとも思います。そんなときは「とにかく機会が提供されるままガムシャラに勉強する」というのも選択肢です。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 21, 2021
さらに、大学に通えなかった、通っていたけど効果的に学べなかった人のためにも、書籍や論文、私設教室があり、また学び直しや生涯教育に携わっている機関、私の周りでいうと大学の他に博物館や自治体、通信制大学などもあります。そういったチャンスが有るという情報自体も教養の一つかもしれません。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 22, 2021
どこからが教養か?何を学ぶべきか?というのは難しい問題ですが、そもそもそういった線引きをして知識を取捨選択すること自体、可能性を狭めてしまう可能性もありますね。一人が学ぶために書けられるエネルギーやお金には限界がありますが、それらは、余裕がある限り惜しまないのが一番だと思います。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 22, 2021
環境や性格が違えば、どんなことに興味を持ち、どんなものに興味を持つかが変わってきます。だから何が教養となるかは人によるんですよね。なにか特定の知識を持っていないことで「教養がない」と決めつけるのではなく、人それぞれの個性ある知識体系を尊重し、教養を交換し合うのが楽しいと思います。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 22, 2021
ついでに思いついたことを書いておくと教養のメリットの一つは『会話に困らない』ことです。私の博士過程の指導教官はそれはもう幅広い教養を持った人で、どんなキーワードからでもどんどん話を展開できる。聞いているだけで自分も楽しくなり、知識も増えた気がしてまた話したくなる魅力がありました。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 22, 2021
逆に教養がないと、例えば学部の学生なんかはすぐに話題が尽きてしまいます(まあ学生だから仕方ないのですが)。自分にとって大事な局面でも会話が盛り上がらず、目の前にぶら下がったチャンスを逃してしまう、なんてシーンも何度も目撃しました。知識をつなげる話力が運命の分かれ道になるのですね。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 22, 2021
ネットの反応
そのとおりです。大学というのは、私のようにそれが自力だけでは身に着けられない人間が行くところです。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 21, 2021
私は母子家庭育ちなんですが、オンナコドモしかいない家だとナメられます。賢くなるのは自分の身を守るためです。
— K2 (@ktothe2nd) September 22, 2021
生きる為の道具を手に入れるのはどこが良いか。万能道具か専門道具か。サボって手に入れられない事が一番良くないのかな。
— おに。 (@TAKA32kbb) September 21, 2021
全く以てその通りですね
知識があると言う事はそれだけ選択肢が増える、そうでなくても視野が広がり思考自体の選択肢が増える
自力で出来る事が増えると言うのは大きなアドバンテージだと思いますので
学問専門的なモノだけでなく経験や交友関係による世渡りも含みますが
通りすがりに失礼致しました— Scarlet・Adonisu (@SAdonisu) September 22, 2021
「正しい知識」と言い換えてもさほど間違いではないと思いますよ😊「教養」という言葉がハードルになってしまうとしたら、今までその言葉がむやみに権威づけられてきたによる弊害か、はたまた誰にでもある「知らないことへの恐れ、畏怖」によるものかもしれません。知って損することはないですからね。
— 中島保寿(都市大古生物/FullyVaccinated) (@japanfossil) September 21, 2021
大学生になって最初のバイト先で、上司に
「ここでは学歴は関係ない!高卒の俺もお前らに指示するからな!」
と言われました。
学歴を話題に出されたことすら初めてだったので驚きました。たぶん学歴コンプがあったのだと思います。
立派に仕事してんだから恥じる事ないのに…恥じるなら本読めと。
— てる (@suiyou2103) September 21, 2021