政治家が会食をやめられないのは、石器時代から「仲間とメシを食うこと」が関係構築の基本であり、権力の源泉だから。
政治家が会食をやめられないのは、焚火を囲んで肉を焼いていた石器時代から「仲間とメシを食うこと」が関係構築の基本であり、権力の源泉というツイートが反響を呼んでいます。
政治家が会食をやめられないのは、焚火を囲んで肉を焼いていた石器時代から「仲間とメシを食うこと」が関係構築の基本であり、権力の源泉だから。たとえば多くの宗教で食の禁忌があるのは、若者が異教徒と仲良くなり改宗するのを防ぐためだったのではないかと、進化心理学者S.ピンカーは言っている。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
「同じ釜の飯を食う」ことで親交を深めるのは、言ってしまえばかなり原始的な行動だ。とはいえ、直接面会せずにDiscordだけで仲良くなれる現代のゲーマーたちは、人類史上ではあまり類を見ない特異な存在でもある。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
権力とは、いざという時に味方になってくれる仲間の数のことである。あなたが泥棒に遭ったときに警察が対応してくれるのは、そして、あなたの家が火事になったときに消防車が駆けつけてくれるのは、本邦が国民主権であり、あなたが権力者だからだ。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
「会議を兼ねているだけだ」というコメントが寄せられたのですが、それって「食事は権力の源泉である」という仮説と相互排他ではないですよね。「1つの疑問には1つの答えしか存在しない」と考えるバイアスが、ヒトの脳にはあるようです。しかし実際には、1つの疑問には複数の答えがありうるものです。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
たとえば「鳥はなぜ飛ぶのか?」という疑問には「航空力学的に優れた翼を持つから」という回答がありえます。これに対して「いいや違う!エサを探したり敵から逃げるために飛ぶんだ!」と反論したとします。これが反論になっていないことは分かるはずです。2つの答えは相互排他ではないからです。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
少なくとも生物学分野の問題であれば、4つの正しい答えがあるとされています。「ティンバーゲンの四つの〝なぜ〟」で検索するといいでしょう。
生物学ではない問題にも、4つかそれ以上の〝正しい答え〟が同時に存在することは、珍しいことではないでしょう。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
付け足していえば、一連のツイートを注意深く読んでいただくと、会食をする政治家を批判するものでも擁護するものでもないとお分かりいただけるはずです。私は誰の味方でも敵でもありません。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
食の戒律に関する考察、ピンカーじゃなくてリドレーの著作だったかも…… #手元の書籍をひっくり返しているけれど引用元が見つからない #急に声が小さくなる
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
QT「どんな集団でも、若く、貧しく、権利を奪われているメンバーは、他の集団に走る可能性がある。…世界中どこでも、人は食事をともにすることで結びつきを持つ。…私があなたとともに食べることができなければ、私はあなたの友達になれない。食べ物のタブーは、しばしば近隣部族の好物を禁じる。→
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
→ これは、たとえばユダヤ教の食事規定の多くにも当てはまる。このことは、食べ物のタブーが、離脱する可能性のある者をとどめる武器であることを示唆している」──スティーブン・ピンカー『心の仕組み』ちくま学芸文庫(2013年)下p167
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 29, 2020
ヒトには「書いていないことまで勝手に読み取る」という面白い習性があるようです。私は「政治家の会食は本能的だから〝仕方ない〟」とは書いていないし、擁護も正当化もしていません。私は「会食する政治家は原始人のような遅れた人間だ」と書いていないし、否定も批判もしていません。ところが…
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 30, 2020
一連のツイートのリプ欄や引用RTを確認すると「これは政治家を擁護する発言だ」と判断する人と、「これは政治家を批判する発言だ」と判断する人の両方がいる。見方によってウサギにもアヒルにも見える騙し絵のように「まったく違うもの」に見えている人がいる。言葉の錯視ですね!
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 30, 2020
そもそも「政治家の会食は本能的だから〝仕方ない〟」という主張は、自然主義の誤謬であり成り立ちません。また、ある人の行動が原始的で自然なものかどうかと、それが善であるか悪であるかは、論理的に関係がありません。「ヒュームのギロチン」の発想です。
私は「善悪」について何も言っていない。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 30, 2020
私の一連のツイートに「善悪」を見出してしまうのは、読み手の側の党派性です。私は擁護も批判もしていない。ところが、こういう文章はインターネッツ上では珍しいものでしょう。世の中には党派性に凝り固まった文章があふれています。そのため…
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 30, 2020
そのため、私たちは「これはどちらの〝派閥〟が書いた文章か?」と考えながら読むことに慣れ過ぎている。だから、党派性を抑えた文章を見たときに、困惑してしまうのでしょう。「党派性の眼鏡」をかけて読んでしまうのでしょう。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 30, 2020
もちろん私自身に一切の党派性がないとは言いません。「できるだけ党派性を抑えた文章を書きたい」という志向そのものが1つの政治的立場であり、党派です。ただ、それが「政治的立場の1つだ」ということは自覚していたいし、「党派性の眼鏡をかけているかも?」という注意は払いたいと思っています。
— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 30, 2020
友「忘れるな、ここは地獄のツイッターランド。そもそも発言に〝政治〟の文字を含めないのが板」
僕「それな」— Rootport◆月~金19:30YouTube配信してるよ (@rootport) December 30, 2020
ネットの反応
「同じ釜の飯」
↓
com (一緒に)+pany(パン)で「一緒にパンを食べるほど仲の良い間柄」でcompanyに「仲間」の意味が成立し、仲間と一緒にいることで「同伴する」意味が生まれ、その集まりが巨大化したら「会社」になった話を思い出しました。
— リョウ (@ttloves69) December 30, 2020
年寄りだから、日本人だから、政治家だから、に限らず、しごく当たり前の話ですよね。
unofficialな場で雑談しながらお互いの趣味や嗜好の共通点を知って交流深めるのって。それを口汚く罵る風潮ってどうなのかな、って。感染対策が、という切り口ならともかく、会食自体がナンセンス、みたいなのは
— チェック用 (@CHECKitOUT66) December 29, 2020
喫煙所に集う人達も似た心理なのかも。
— おわたろう (@trout35088796) December 30, 2020